北新地競馬交友録

孤独

シリアで武装勢力に捕らわれていたフリージャーナリストの安田純平に対し、『自己責任論』に基づく批判がネットを中心に騒がしい。
「どれだけ国に迷惑をかけたのか」「何があっても自己責任の覚悟で行ってくれ」
その一方メディアでは、こんな美味しいネタはないと………奥さんもニュースやワイドショーに出突っ張りである。
ジャーナリストの端くれとして使命感に燃えての行動であったのか、はたまた単なる功名心にはやった行動であったのか?
本人にしか判らない部分なので、ニャンとも判断のしようがない。
拉致された場所が戦場であり、拘束していたのが武装勢力。
そんな状況が身代金の問題も絡んで、生臭ささを撒き散らしている。

「冒険家、植村直己マッキンレーで消息を絶つ!」
世界初の五大陸最高峰登頂、アマゾン川のいかだ下り6000km、1年半かけての北極圏12000kmの犬ぞり探検等々、日本を代表する人物である植村直己。
登山家、冒険家として、最初はチームでの挑戦であったが、ネパール側南壁制覇を目指したエベレスト登頂で、各国からの代表を寄せ集めた国際隊での利害関係が表面化し失敗。
それ以来、登山・冒険とも『単独』での行動へと傾倒する事となる。
43歳の誕生日に世界初のマッキンレー冬期単独登頂を果たすも、翌日に行われた交信以降は連絡が取れなくなり消息不明、植村直己は還らぬ人となった。

目的や状況は違っても、普通の人間なら尻込みをするような所に飛び込んで行った2人。
片や賞賛に包まれ、片や批判に晒されている。
圧倒的な自然の脅威、理屈の通らぬ異邦人。
どちらも底知れぬ孤独を抱えたであろう事は想像に難くない。
バット!植村直己は孤独と共生し孤独を愛した。
安田純平は3年間に渡る映像や、解放された後のコメントでは孤独に押し潰されそうになり怯えていたのが歴然である。
テレビ朝日の玉川徹が安田純平について「敬意を持って出迎えたい」「国民は兵士と同じく彼を英雄として扱うべき」と発言し、イエス高須クリニックが、「兵士ではない。兵士ならば敵に媚びる捕虜だ。英雄扱いするのはおかしい」と真逆の意見を展開した。

イエス!医院長!孤独を愛せぬ者は、英雄になんてなれっこないのだから。

「今年から距離が3200から2000に短縮された秋天だが、そったら事はまるで気にしねえのが三冠馬ミスターシービーなのは、全国1千万の馬券愛好家は知ってらあね。競馬を始めて丸8年。お高くとまっている関東馬と騎手はでぇー嫌ぇだが、ミスターシービーと吉永正人だけは別格ョ。いつも最後方でポツン。あの寺山修司も書いてただろう。『孤独の影を纏い最後方で一頭置かれ、最後の直線で狂ったように追い込んでくる吉永正人のレースは宿命だ。失った大切な物を最後に取り返そうとしてるのさ』と。相手は勝一のカツラギエースと、洋行のサンオーイぐれぇだろう。普通ならこの2頭への枠連だが、心底応援している正人とミスターシービーならば単複でいてこます。お父さん!まあ見てなって、正人が最後ぶっ飛んでくっから」聞かれていないのに長講釈は、マスターの若い時からの悪い癖である。

「4コーナーを回って直線!ミスターシービーはどこだ!ミスターシービーはどこだ!馬群の真っ只中に突っ込んでいる!」
「正人!来い!来い!来い!」と激しくシャウトするマスター。
スタートを切って位置取りは当然最後方のミスターシービーが、3コーナー手前から馬群を縫うように進出し、最後の直線の捻り合いに持ち込んだ。
「坂を上がって400を切った!先頭はキョウエイレアだが一杯か!カツラギエース来た!トウショウペガサス!外からミスターシービー!外からミスターシービー!サンオーイはその直後!また3頭の叩き合いか!ミスターシービー!カツラギエース!ミスターシービー抜けた!先頭はミスターシービー!ミスターシービー!ゴールイン。4つ目のビッグタイトルを手に入れました」

「お父さん、痺れたな〜!スタートして最後方ポツンはお約束だが、大外捲りの一気かと思いきや、馬群を捌きながらの走り。単勝が170で複勝が120だってョ。付きすぎじゃねえの?いいものを見せて貰って、その上オゼゼまで頂戴出来るなんて、本当に競馬ほどいいものはねえやな」
勝てば官軍で、梅田場外でウンウンと頷くマスター。
「安い馬券は良く当たるの〜」なんて云ったら、2〜3発喰らうのは必至で御目出度さんである。

故寺山修司の言葉を借りるなら、孤独を全身に纏った吉永正人とミスターシービーが『天皇賞 秋』を制し、孤独を愛した植村直己が冬のマッキンレーに消えた1984年。
もう34年も前の事である。