京都競馬場の紹介

京都競馬場の歴史

歴史とともに、そして時代の息吹とともに姿を変えて来た京都競馬場。
このコーナーでは本会のお膝下、京都競馬場の移り変わりを、それぞれの時代の写真とともにみなさまにご紹介いたします。

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

現在の所在地に京都競馬場が竣工、馬場は1周1哩(約1,600m)・幅員17間(約31m)。現在で言うスタンド部分は、事務室・貴賓室などを備えた第一号館と第二号館の2棟からなり、それぞれの2階部分が観覧席(馬見所)になっていました。


大正14年設立当時の競馬場1号館馬見所


2号館馬見所

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

昭和になり高まる競馬人気と共に、スタンド及びその他設備の新設工事が竣工。装いも新たに生まれ変わった大スタンドは無柱の大鉄傘にゴンドラをつるすという、当時のわが国の建築技術の粋を集めたものであり、世界に誇る一大建築でありました。そこには今日みられる京都競馬場の姿の原型がすでに見いだせます。


昭和13年竣工、鉄骨鉄筋コンクリート造の近代競馬場となった大スタンド。無柱の大鉄傘にゴンドラをつるしたモダンな造り

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

大平洋戦争当時(昭和18年)、国の金属回収令により京都競馬場の大鉄傘が応召。翌19年に回収工事は修了したが、東洋一といわれ,偉容を誇った京都競馬場のスタンドは見るも痛ましい姿となりました。これもまた京都競馬場に刻まれた歴史の真実です。


大鉄傘が応召され、無残な姿となったスタンド(昭和19年当時)

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

戦後の復興、そして関係者とファンの宿願が実り、昭和33年に競馬場大鉄傘の復旧工事が竣工。
競馬場大鉄傘の完成し面目を一新した京都競馬場は、戦後の景気回復を背景にした競馬人気復活とともに多くの人が訪れるレジャー施設となって行きます。


昭和33年大屋根復旧中の京都競馬場スタンド


昭和33年8月の竣工式

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

昭和55年の京都競馬場新スタンド完成はわが国競馬界にとっても大きな出来事でした。当時世界最長となった新スタンドはギネスブックにも掲載され。また、スタンドの改装と同時にPUF1500電子計算機を中心とした複合勝馬投票システムが設置され、競馬場として始めて全面ユニット化しました。


昭和55年10月竣工した京都競馬場新スタンドの偉容

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

昭和59年に東京競馬場に高さ8m、幅15mの画面をもつ大型映像ディスプレイが設置されました、京都競馬場にも翌60年に設置され、場内での競馬観戦が一層迫力のあるものとなりました。なお同62年には一般公募でこの装置の名称が「ターフビジョン」と決まりました。


昭和59年以来各場に設置された大型ディスプレイ装置「ターフビジョン」(写真は同60年の京都競馬場)

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

平成11年の9月には、1年10カ月の工事期間を経て、京都競馬場の増築工事が竣工し、旧スタンドの西側に新スタンドが完成、壮大なスケールのスタンドは京都競馬場の偉容をさらに輝かせるものとなりました。
同時に新スタンド「ビッグスワン」、旧スタンド「グランドスワン」の名称が決まり、現在はファンの皆様にもお馴染みの愛称となっています。


平成11年竣工した京都競馬場スタンド


「ビッグスワン」と命名された新スタンド


「新装なった在来スタンド「グランドスワン」パドック側

京都競馬場の創設当時  (大正14年)

平成23年5月28日、京阪電車淀駅上り線(京都方面行き)ホーム高架化が完成。既に完成していた下り線とあわせ、京都競馬場「ステーションゲート」と淀駅が連絡歩道橋で完全に直結し、競馬場への来場がより一層便利なものとなりました。


平成23年5月に完成した淀駅完全高架化、京都競馬場と淀駅が完全に直結

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