北新地競馬交友録

ぬか喜び

1990年『不動産融資総量規制』という一通の通達が、大蔵省銀行局長の名で全国の金融機関に発せられた。
狙いは異常な投機熱を冷やすため。
この通達によって、金融機関は融資証明書を発行しておきながら、融資を行わない、、建設工事途中で融資を打ち切る等、貸し渋り・貸し剥しを、全国規模で大規模に実施。
不動産業者と云う名の地上げ屋達がのたうち回る事となる。

「俺らを殺す気か!」
「いきなり蛇口を閉めんじゃねえ!」
明けて1991年、政治家に対して猛烈な工作が始まる。
同年9月の国土庁の地価動向の調査結果では地価は横這い、もしくは微減。
当時の地価動向調査は半年に一度だけであったが裏工作もあり、政府は臨時の地価調査を行い、同年12月20日に総量規制を解除する事となる。

地上げ屋達は小躍りしたが、一度閉められた蛇口は開かず、農協系•住専に群がるも時既に遅し。
バブル崩壊!資産デフレ!不良債権!がヒタヒタと押し寄せ、断末魔の叫びを上げる事となる。
1991年!地上げ屋達をぬか喜びさせた総量規制解除。
我がJAPAN暗黒の20年が既にスタートしていたのである。

「この『スプリンターズS』はなんも考える事ぁねえ。幸雄のケイエスミラクルと洋のダイイチルビーの一騎打ち。単勝が2.2と3.0になるのは当然だ。1発があるとすれば、善臣のレオプラザぐれえだろうが単勝が9.0。馬券愛好家の皆さんはよくご存知て事だ。しかし、克己も何を考えてんだろうな。『阪神牝特』メインキャスターよか、断然ケイエスミラクルだろう。宇田の親父に義理かましてる場合じゃねえョ。しかも乗り替わりが関東者で屁理屈ばっか捏ねてる幸雄だってんだから泣けて来る。このケイエスミラクルってぇのはズンない馬で、とねっこの時に日本脳炎にかかって、競走馬どころかあの世行きになりかかったが、死神の手を振りほどいてこの世に舞い戻ったおエライ馬さんョ。お父さん知ってっか?」

「……………….」
「まあいいや。『スワンS』では、ダイイチルビー、ダイタクヘリオス、バンブーメモリーをまとめて面倒を見て、ハイ!お疲れさん。ダイイチルビーをクビ差抑え切った時にゃ〜俺ぁ震えたね。走りも走ったり、1分20秒6の日本レコードとは、恐れ入谷の鬼子母神たぁこの馬のこった。1400、1200でこの馬とタメで勝負出来るのは、華麗なる一族ダイイチルビーしかいねョ。え?太のサクラミライが怖いってか?お父さんものが違うぜ、月とすっぽん、釣鐘と提灯、鯨にメダカだ。さあ〜張った!張った!張って悪ぃのは親父のハ○頭!スイチで漢の勝負と行こうじゃねえか」
聞かれてもいないのに、長講釈はマスターの昔からの悪い癖である。

「4コーナーから直線!先頭はハスキーハニー!内からレオプラザ!馬場の3分どころからケイエスミラクル!」
「おっしゃ!幸雄!そっから来い!洋はどこだ!」と怒声を上げるマスター。
「200を切った!あ!ケイエスミラクル故障発生か!ズルズル下がっている!ケイエスミラクル故障発生!先頭は外からダイイチルビー!ダイイチルビー!これは強い!ダイイチルビー1着でゴールイン!」
1着 ダイイチルビー 河内洋J
2着 ナルシスノワール 菅原泰夫J
3着 ハスキーハニー 加藤和宏J
競走中止 ケイエスミラクル 岡部幸雄J

3本足で痛そうにしているケイエスミラクルが馬運車に乗せられるのを、呆然として見送る岡部幸雄J。
「何てこってぇ。ありゃ〜多分ダミだ。可哀想としか云い様がねえョ」
ケイエスミラクルが勝つのは間違いない、後はダイイチルビーが来るのを待つだけと握り拳を突き上げようとした瞬間に起きた悲劇。
普段なら「ぬか喜びさせやがって!」と悪態の一つもつくだろうマスターが、ションボリ、ボリ、ボリ、ボリショイサーカスで、ぎゅっと唇を噛みしめる梅田ウインズ午後4時前。

総量規制解除でぬか喜びした地上げ屋達は自業自得だが………少し可哀想だったマスター。
もう随分と昔の話しである。