北新地競馬交友録

可憐な少女と鉄の女

「今まで生きてきた中で、一番幸せです。」
バルセロナオリンピックの競泳女子200m平泳ぎで金メダルを奪取したのは、14歳の岩崎恭子ちゃん。
オリンピックには出場しているものの、無名の選手であり全くのノーマーク。
恭子ちゃん自身もバルセロナオリンピックの前、「決勝に残れればいい方だと思います」とテレビで語っていたと云うのだからビックリだ。
1972年ミュンヘンオリンピック100mバタフライの青木まゆみさん以来、20年ぶりの金メダルを奪取する快挙。
可憐な少女が大仕事をやってのけた。

「夏のローカル『小倉記念』。人気をしているのは滋彦のスナークベスト、大崎の昭ちゃんのレッツゴーターキン、徹のカシワズハンターだが、俺ぁレッツゴーターキンに気がある。斤量58.5は見込まれ過ぎでも、苦労人の昭ちゃんに漢になって欲しいのョ。お父さん新潟事件知ってか?昭ちゃんが本馬場入場で柵ごしに「調子はどうだ?」の野次に、うっかり返事をしちまった。八百長とかそんなんじゃねえんだ。手拍子ってやつョ。それがどおでぇ、関東の調教師から総スカン。乗る馬が無いってんだから情のねえ話しさぁね。これを見て『義を見てせざるは勇無きなり』と手を差し伸べたのが、栗東の布施正と橋口弘次郎ョ。『小倉記念』はどうなるんですか?ってか、慌てんじゃねえョお父さん」

「昭ちゃんと云や〜怪我のチャンピオン。パドックで馬に跨る時、溜まりから歩く姿を見たら泣けるぜ。真っ直ぐ歩けねえんだもん。もう身体はがたがたョ。それでも乗せてくれる関西の調教師の恩に報いるために死に物狂い。これを応援せずして、真の競馬ファンとは云えま〜が。花のお江戸から流れ流れて九州は小倉で草鞋を脱いだ昭ちゃん。『馬に乗る事しか出来ねえですから、往く道を行くしかないんでござんす。どちらさんもお引き回しの上、万端よろしゅ〜お願い申し上げやす」てなところだ。発表!レッツゴーターキンの単勝に2万両、複勝に3万両でいてこます!」
聞かれてもいないのに長講師は、マスターの悪い癖である。

「直線を向いた!先頭はイクノディクタス!外からテンザンハゴロモ!残り100!レッツゴーターキン来た!レッツゴーターキン来た!」
「昭ちゃん!差しちまえ!」とマスター一声。
「並びかけたレッツゴーターキン!イクノディクタス!レッツゴーターキン!イクノディクタス!レッツゴーターキン!2頭並んでゴールイン!」
「ダ、ダミダ!差せてねえ。善之もなんなら、あげいに追うこたぁ〜ねえんだ。牝馬だっちゅ〜のイクノディクタスは。しかも57の斤量背負わされのにョ〜。渋といったらありゃしねぇ」
大崎Jの渾身の追いに屈しなかったイクノディクタス。
それもそのはずついた渾名が『鉄の女』で、渾名に恥じない走りを見せたのである。

可憐な少女岩崎恭子ちゃんが金メダルを取り、鉄の女イクノディクタスが『小倉記念』を制した。
どちらも1992年の夏の事。
随分と昔の話しなのである( ̄(工) ̄)