北新地競馬交友録

逃げ切り

消費増税がヒタヒタと迫り、またもや厳しい時代になりそうだが、「収入は上がらなくても、物が安く買える」と割り切ってしまえば、それはそれで有りなのかも知れない。
『ブックオフ』や『古本市場』では綺麗な単行本が僅か80円。
比較的新しい作品でも350円出せば充分である。
ニャンとも!有り難い話しで、一昨日そんな棚から見つけた一冊が、村上春樹の『国境の南、太陽の西』
何年前に読んだかは、昨今流行りの表現を借りるなら「記憶の限りでは定かではない」が再読してみた。

タイトルの『国境の南』は「よく分からないけれど、おそらく素晴らしいところ」であり、『太陽の西』は、ヒステリア・シベリアナのことを指している。
人間は「よく分からないけれど、おそらく素晴らしいところ」に行くために破滅にとりつかれることがあると云う訳である。
バブル絶頂期の東京が舞台。
主人公は義父の出資で開いたジャズBARが成功し、嫁との間には2人の子供を授かり裕福で安定した生活を手にするが、過去に好きだった女性と、過去に酷い仕打ちをした女性の出現により、平凡で幸せな暮らしの歯車が軋みだす。

私の拙い表現では、「何だ!単純な話しだね」となるのだが、この女性の内の1人が幽霊だと云うのだから村上春樹の面目躍如。
主人公は義父の裏金のために幽霊会社の名義人になったり、株の不正操作に関わる事となる。
おそらく近い将来、バブルの崩壊をきっかけに義父のやっていた危険なやりくりは破綻。
その巻き添えを食らって、主人公の一家もアウトになるのだろうが、そこまでは描かれていない。
滅びの予感を撒き散らしながら、バブルの時代を駆け抜ける主人公。
果たして逃げ切れたのであろうか?
村上春樹1992年の作品である。

「今年の『皐月賞』はデビューから4連勝ミホノブルボンでやっ他目ねえと思うだろう。それがノーマルな競馬ファンだ。しかし諸君!世の中そんなに甘くねえ。へ!単勝が1.4倍だってョ。前で勝春のセキテイリューオー、中団で克巳のナリタタイセイと、政人のアサカリジェントが虎視眈眈。単勝がアサカリジェントで6.2倍、セキテイリューオーとナリタタイセイなら軽く15倍見当は付く。ならばだ、この3頭の単勝もありじゃねえか。坂路の鬼だか何だか知らねえが、競馬舐めたらいかんぜョ!の鬼龍院花子だがね。逃げ馬は的にされたら、案外脆いもんョ」聞かれてもいないのに長講釈は、マスターの昔からの悪い癖だ。

「第4コーナーから直線!ミホノブルボン逃げている!リードは2馬身!スタントマンが追いすがる!内からセキテイリューオー!外からアサカリジェント伸び脚はどうか!ナリタタイセイが間から鞭をしならせて上がって来る!先頭はミホノブルボン突き放した!これは強い!堂々の逃げ切りでゴールイン!降りそぼる雨に三冠への予感を孕んで5連勝!」
1着 ミホノブルボン 小島貞博
2着 ナリタタイセイ 南井克巳
3着 スタントマン 角田晃一
単勝140円、複勝100円

「なんだ!ありゃ〜、化け物か。他の馬とは月とスッポン、釣鐘と提灯、クジラとメダカぐれえの差がある。何百回走ってもミホノブルボンの圧勝だろう。恐れ入谷の鬼子母神たぁこの事だ。俺の完全な目すりだった。ダービーは三和銀行から銭を借りてでもぶち込んじゃる。しかし何だな〜小島貞博って〜のは愛想のねえ野郎だぜ。あんだけぶっちぎりで勝ったのにニコリともしやしねえ。今日は参った!参った!の成田山新勝寺だ」と完全敗北宣言。

村上春樹『国境の南、太陽の西』の主人公は逃げ切れなかったであろうが、ミホノブルボンは鼻唄混じりで逃げ切った。
1992年、雨の『皐月賞』

そう云えばこの日曜日の予報も雨。
エポカドーロ!何とかならないか?