夢への第一歩

ハナズゴールの馬主 マイケル・タバート氏

 

 

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競馬リポーター 大恵陽子が 「Oh Yeah!!」と感動したレースや馬にまつわるエピソードを

馬主へのインタビューやトレセンでの取材を通してお届けします。

毎月第1週目更新!

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4月から新しいコーナーがスタートです!!

インタビューブログ 大恵陽子の「Oh Yeah!!」

1頭の馬を取り巻く馬主・調教師をはじめとするたくさんの人たち。

その方々の馬に対する思いや馬を通してつながったご縁などを毎月紹介します。

ぜひ見に来てください。

 

記念すべき第1弾はチューリップ賞を圧勝したあの馬&馬主です。

桜花賞は無念の回避となりましたがこの馬の周りには素敵なご縁がたくさんありました。

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チューリップ賞圧勝のハナズゴールのことを

鞍上クリスチャン・デムーロ騎手は

「馬じゃなくてまるで新幹線だ!」と例えました。

 

その表彰式の馬主台に立っていたのはイケメンの外国人男性。

イケメン外国人必須のサングラスもかけています。

この風貌に、あのジョワドヴィーヴルを倒しての勝利でしたから

それ以降大注目の外国人馬主。

 

2ちゃんねるで話題になったり、各競馬雑誌から取材の申込が殺到!

そしてわが京都馬主協会のホームページも例に漏れず

「M.タバート」という検索で訪問された方が急増しているんです!!

 

 

一躍、時の人となったマイケル・タバート氏

検索結果の通り、わが京都馬主協会所属の馬主です。

 

オーストラリアの高校を卒業後、日本語と経済学を学びたいということで

日本に留学し京都大学で経済学を学ばれました。

その後、一時オーストラリアに帰国後

再来日し2001年からは大阪にずっといらっしゃいます。

日本語ペラペラ、そして37歳という若さ!

 

なぜタバート氏が馬主になったのか、

そしてハナズゴールでチューリップ賞を制覇するまでには

京都馬主協会にまつわるご縁がありました。

 

 

祖父がオーストラリアの有名牧場アローフィールドの場長をしていたこともあり

タバート氏にとってごく身近な存在だった馬。

それは勉学のために来日した後も変わらず、

いつかJRAの馬主資格を取得したい―そんな想いを抱いていました。

 

しかし馬主資格を取得するには超えなければいけない壁がいくつもあり

自分には現実的に無理ではないかと感じていたそうです。

ところが、ブログ『淀に吹く風』でおなじみ山上和良氏に出会ったことがきっかけで

自分もがんばれば馬主資格を取得できることがわかり

2010年にJRAの馬主資格を取得できました。

 

 

2世代目となる2歳馬を探していた年明け。

ふたたび山上氏が

 

「マイケルくん、生産牧場に良い2歳馬がまだいたよ!

僕はもう2歳はたくさん持っているから、マイケルくんどうだい?」

 

と見つけてきてくださり、すぐに見に行って気に入り購入。

その馬こそがハナズゴールだったのです。

(この時の様子を山上氏もチューリップ賞後に「神様に愛された馬主」として

ブログ『淀に吹く風』に書かれています。)

 

そして育成牧場と厩舎も、師匠的存在・山上氏が結んでくださった縁がありました。

以前、本当に馬主になりたての頃

山上氏がご自身の所有馬の育成牧場として利用しているカナイシスタッドを紹介してくださいました。

そこで出会ったのがタニという馬。

タバート氏はタニを気に入って購入し、預託厩舎を探していたところ

金石オーナーが同級生の加藤和宏調教師を紹介してくださりそこに預けることになりました。

その時からの縁で、ハナズゴールもカナイシスタッド&加藤和宏厩舎にお願いしたのです。

 

ちなみにタニという名前は

タバート氏が学生時代にハマっていたダービースタリオンで所有していた馬の名前で

競馬雑誌主催の大会でも上位にランクインするほどの実力!

タバート氏にとって タニ=最強馬 なのです。

 

しかし現実のタニはタバート氏の期待虚しく未勝利で終わりました。

親の期待を子供はなかなか分かってくれないものですね。

ところがタニがつないでくれたカナイシスタッド&加藤和宏調教師との縁が

ハナズゴールにもつながったのですから、やっぱりタニは色んな意味で最強馬…なのかもしれません。

 

ダビスタでも現実でも強い馬を所有できたタバート氏ですが

JRA馬主歴はまだ2年目、通算勝利も3勝で迎えたチューリップ賞は

当然緊張しないはずもなく、当日の朝は

”ジョワドヴィーヴルにハナ差接戦を制す夢”を見て

「ついに僕もここまできたか〜」と

感慨にふけりながらベランダでタバコを吸っていると

気がつけば涙を流していたそうです。

 

長身のイケメン外国人が一人泣いているなんて

映画のような光景です。

実は表彰式でのサングラスも、「泣いているのを隠すため」という意味もあったらしく

見かけによらず涙もろいのかもしれないな〜と感じています。

 

そして朝泣いたかと思えば昼間はご飯が喉を通りません。

手のひらもずっと汗をかいてしまうほどの緊張。

そばで見ていた奥様が

「パドックに行ってこの緊張が馬に伝わりませんように!」

と願ったくらいですから、相当なものだったのでしょう。

 

 

タニがタバート氏命名だったのに対し

ハナズゴールは奥様・花代さんが名付け親です。

 

ハナズ=hana’s

奥様・花代さんがタバート氏のご両親からハナと呼ばれていることから、冠名にしたそうです。

そして「ゴール」というのは

父オレハマッテルゼが「ゴールで待ってるぜ」という意味なんだとか。

 

“競馬好き”という部分に関してはタバート氏ほどではないにしても

旦那さんや知り合いの所有馬のことは我が子のように愛している花代さん。

ハナズゴールが500万下を勝った時には

飛び出す絵本みたいなフォトブックに写真や新聞記事をかわいくスクラップしていて

 

「3ページあるフォトブックなので、新馬戦とこのあいだの500万勝ちで2ページ。

あと1ページ残っているんです♪」

 

とウキウキしながら

 

「チューリップ賞には間に合わないけど、その次のレースで

私の好きな花・トルコキキョウをモチーフにしたメンコをつけたいな」

 

と競馬関係のデザインをされている堀 友規子さん(高井 彰大元騎手の奥様)と相談をされていました。

 

ということは復帰初戦では素敵なメンコがお披露目されるかもしれませんね。

 

このフォトブック本当にかわいくアレンジされていて

私もこんな女の子らしい面があったらな〜なんて心の中で憧れています。

 

 

最後にタバート氏は

「馬主2年目、それも日本人でない僕がこんなこと言うのもなんですが…」

と茶目っぽく前置きしたうえで

 

「チューリップ賞のあとに日高に行ったとき

日高がハナズゴールで盛り上がっているのがとても嬉しかった!!

地元新聞にも載ったみたいなんです。

日高の生産、日高の育成、日高出身の調教師で重賞制覇。

決して高くない馬でエリートを倒して、ファンをはじめみんなが喜んでくれるとうれしい!」

とおっしゃいました。

 

日本の競馬を愛する、日本人の心を持ったオーストラリア人

だからこそ彼のもとには人が集まり、良いご縁がつながっていくのでしょう。

 

そうそう。いまの言葉の後に

「あ、でも僕は馬を持っているだけで何もしてないけどね。」

なぁんて謙虚なこともおっしゃっていました。

 

 

桜花賞回避はタバート夫妻をはじめ陣営にとって無念この上ないことと思います。

しかし近い将来きっとまたGIで好勝負できると信じています。

 

 

左:マイケル・タバート氏  右:奥様・花代(はなよ)さん